掛軸作家の一覧

国内外の掛軸作家、主に日本・中国出身の掛軸に関連する芸術家、画家のデータベースです。

作家の名前、年代、出身地、落款印(サイン)などから検索する事が出来ます。

新着作家データ

棟方志功の写真

棟方志功

むなかた しこう
明治36年(1903年)、青森市で刀鍛冶職人のもとに生まれる。少年時代に出会ったゴッホの『ひまわり』に感銘を受け絵に興味を持ち、後に20世紀を代表する世界的な版画作家となる。
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谷文晁

たに ぶんちょう
宝暦13年(1763年)、江戸下谷根岸(現在の東京都台東区)に生まれる。江戸文人画壇の大御所とされ、画才だけではなく商才にも優れていたと言われています。
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前田青邨の写真

前田青邨

まえだ せいそん
明治18年(1885年)の1月27日、岐阜県中津川市にある乾物屋の次男として生まれる。史学においても学があり武者絵において、鎧兜の精密かつ独特な描写で有名です。
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織田杏斎の肖像画

織田杏斎

おだ きょうさい
弘化2年(1845年)に名古屋(旧:尾張国名古屋下茶屋町)に織田共樵の長男として生まれた。その後、張晋斎に師事するかたわら七宝焼の絵模様の改良に協力するなど、美術界の進歩に大いに貢献した。
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田中 訥言の肖像画

田中 訥言

たなか とつげん
明和4年(1767),江戸後期に名古屋または京都に生まれたと言われている。幼少時は比叡山延暦寺で天台宗を学び、その後土佐光貞に入門する。古典の模写に励み四十代半から名古屋、京都を拠点として活動する。
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土佐光貞の肖像画

土佐光貞

とさ みつさだ
元文3年7月9日(1738年8月23日)生まれ。日本の江戸時代中期から後期に活躍した土佐派(別家)の創設者。土佐光芳の次男で、兄は土佐光淳。
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中林竹洞の肖像画

中林竹洞

なかばやし ちくとう
1776年、名古屋市桑名町で産婦人科を営む中林玄棟の子として生まれます。15歳の時に『神谷天遊』に才能を認められ、天遊の下で画を南宋画の臨模をするよう命じられ、その技術を習得する。のちに名古屋を代表する文人画の第一人者となる。
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野村玉渓の肖像画

野村玉渓

のむら ぎょっけい
天明5年生まれ。通称は参吾。幼い頃から画を好み、文化4年に京都に出て呉春(松村月渓)の画僕をしながら画を学んだ。5年後に帰郷して画を業とし、多くの門人を養成して「名古屋四條派の祖」と称された。
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山本梅逸の肖像画

山本梅逸

やまもと ばいいつ
名古屋市中区大須で彫刻師である山本有右衛門の子として生まれる。幼い頃から絵を描く事を好み、神谷天遊の下で南画の修行に励む。尾張南画の巨匠
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渡辺幾春の肖像画

渡辺幾春

わたなべ いくはる
明治28年に名古屋市西区江川端町に生まれる。9歳の時、名古屋の日本画家、水谷芳年から絵を学んだ後に上京する。23歳で、第12回文展に出品した「百日紅」が初入選を果たす。自身の妻をモチーフにした美人画が多いことで知られる。
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